お祝い
春の褒章で、母親が「藍綬褒章」をいただくことになりました。
外食より家がいい!という人なので、我が家でお祝い。
「ギーギー」と鳴く「伊勢海老」を、真水で弱らせてから、生きたままボイル
頭と胴を外し、正中線で両断。「味噌」はかきだして別皿に。
ソースは「溶かしバター」と「醤油」。
なんだかんだいって、ここまで立派な伊勢海老には、バター醤油がイチバンだと思う。
家人が見守る中、滞りのない仕事ができました。
ちょっと女子にはむずかしい作業だと思います。
ワインも、お高いものはイヤがるので、千円代のカリフォルニア・シャルドネを。
パライソのAMALA。
ロワールのミュスカデと迷いましたが、カリフォルニアらしいこっくりとした味わいは、バター・ソースの伊勢海老にも、アワビの中華料理にもよく合いました。
父親の十八番、アワビの牡蠣油炒め。
シャルドネとの相性もよし。
我が母親は、着替えさえお手伝いさんがしてくれたというお嬢様育ちで(祖父も自身の事業で紫綬褒章をいただきました)、東京の短大をでると、社会に出ることもなく見合結婚し、我々男三兄弟を生みました。
田舎町のことですから、僕が子供の頃はまだまだ封建的な風潮があり
「男のくせに、料理を「する」の?」という考え方が一般的な時代でしたが、
母親の教育方針は、
「男のくせに、料理も「できない」の?」。
いまの若者にとってはさほどヘンテコな考え方ではないかもしれませんが、ついひと昔前までの日本では、男が家庭で料理をするというのは、女性がバリバリ仕事をしているのと同様、かなり奇異な印象をもたれたものです。
(そういえば、母親の親友の一人は、「男物のスーツ」を着て仕事をする、都内の広告代理店の社長さんです。時代を感じます。)
やってみるとわかりますが、日々の家庭料理というのは5つや6つの作業を同時進行で進めなければならないことはザラですよね。
①芋を茹でながら
②茄子を切り
③鶏肉をレンジで解凍しながら
④米を炊く
⑤グリルで鮭を焼き
⑥浅蜊に砂をはかせる
全ての仕事がそうだとはいいませんが、多くの仕事にとって、「20分で夕食をつくる」という作業は、仕事のプライオリティに関する訓練としては、最も適切ではないか、と常々考えています。
白状しますが、我が家で妻よりも専ら僕が料理しているのは、実はそんなところに理由があります。
並行する「複雑な計算過程」を持つた「商品のクオリティ」と、「限られた時間」を両立させるための「合理性」や「プライオリティ」の確立。
「家庭料理」でさえできないものが、「ビジネス・シーン」でできるはずもなく。
こうしたビジネス・センスというものは、子供の頃から、母親の料理を手伝うことで学んだように思います。
お嬢さん育ちだから・・・とバカにされるのがゼッタイ嫌だったのでしょう、料理は上手につくりましたが、とにかく(とにかく)原価をかけない調理法を徹底していました。
忘れられないお袋の味といえば「豚のマメ(腎臓)」。
今だって家庭で食べる人は少ないでしょうが、昔はもっと少なかった。
なんといっても、肉屋も「捨てるところ」ですから。
強烈に臭い腎臓を流水で丁寧に下処理してから調理すると、内臓料理の中でも特級の一皿ができあがります。
お嬢さん育ちが、肉屋の店主にぺこぺこと頭をさげてタダでゆずってもらい、「奥さん、そんなもの、よく食べるねぇ・・・」といわれながらも、しめしめと調理する姿は、我が母親の性格をよくよくあらわしているように思います。
長じてから、脇屋シェフの「トゥーラン・ドット」で、上品に調理された「マメの炒め物」をいただいたときには、子供の頃を思い出し、胸が熱くなりました。
「値段が高い・安い」という客観と、「おいしい・おいしくない」という主観が第一義的には「全く関係ない」ということを、母親の家庭料理の中で教わったように思います。
専業主婦が、子供の成人をきっかけに仕事を始めるのには、それはそれは大変な苦労があったと思います。
夜中まで勉強している姿をよく見かけました。
いい年をして、今でも母親とは怒鳴り合いの喧嘩をしますが、母親の口癖は、
「だってアタシは『こういう風に生まれてきたんだから』しょうがない!」。
There ain’t no other way
Baby I was born this way
I’m on the right track baby
I was born this way
一緒に暮らしていると腹の立つことばかりですが、ひいき目なしに見ても、なかなかによくやっている母親なのではないかと思います。
どこのどなたか存じませんが、母親の熱心な仕事ぶりを陰で評価してくだった方々に、心から感謝いたします。
外食より家がいい!という人なので、我が家でお祝い。
「ギーギー」と鳴く「伊勢海老」を、真水で弱らせてから、生きたままボイル
頭と胴を外し、正中線で両断。「味噌」はかきだして別皿に。
ソースは「溶かしバター」と「醤油」。
なんだかんだいって、ここまで立派な伊勢海老には、バター醤油がイチバンだと思う。
家人が見守る中、滞りのない仕事ができました。
ちょっと女子にはむずかしい作業だと思います。
ワインも、お高いものはイヤがるので、千円代のカリフォルニア・シャルドネを。
パライソのAMALA。
ロワールのミュスカデと迷いましたが、カリフォルニアらしいこっくりとした味わいは、バター・ソースの伊勢海老にも、アワビの中華料理にもよく合いました。
父親の十八番、アワビの牡蠣油炒め。
シャルドネとの相性もよし。
我が母親は、着替えさえお手伝いさんがしてくれたというお嬢様育ちで(祖父も自身の事業で紫綬褒章をいただきました)、東京の短大をでると、社会に出ることもなく見合結婚し、我々男三兄弟を生みました。
田舎町のことですから、僕が子供の頃はまだまだ封建的な風潮があり
「男のくせに、料理を「する」の?」という考え方が一般的な時代でしたが、
母親の教育方針は、
「男のくせに、料理も「できない」の?」。
いまの若者にとってはさほどヘンテコな考え方ではないかもしれませんが、ついひと昔前までの日本では、男が家庭で料理をするというのは、女性がバリバリ仕事をしているのと同様、かなり奇異な印象をもたれたものです。
(そういえば、母親の親友の一人は、「男物のスーツ」を着て仕事をする、都内の広告代理店の社長さんです。時代を感じます。)
やってみるとわかりますが、日々の家庭料理というのは5つや6つの作業を同時進行で進めなければならないことはザラですよね。
①芋を茹でながら
②茄子を切り
③鶏肉をレンジで解凍しながら
④米を炊く
⑤グリルで鮭を焼き
⑥浅蜊に砂をはかせる
全ての仕事がそうだとはいいませんが、多くの仕事にとって、「20分で夕食をつくる」という作業は、仕事のプライオリティに関する訓練としては、最も適切ではないか、と常々考えています。
白状しますが、我が家で妻よりも専ら僕が料理しているのは、実はそんなところに理由があります。
並行する「複雑な計算過程」を持つた「商品のクオリティ」と、「限られた時間」を両立させるための「合理性」や「プライオリティ」の確立。
「家庭料理」でさえできないものが、「ビジネス・シーン」でできるはずもなく。
こうしたビジネス・センスというものは、子供の頃から、母親の料理を手伝うことで学んだように思います。
お嬢さん育ちだから・・・とバカにされるのがゼッタイ嫌だったのでしょう、料理は上手につくりましたが、とにかく(とにかく)原価をかけない調理法を徹底していました。
忘れられないお袋の味といえば「豚のマメ(腎臓)」。
今だって家庭で食べる人は少ないでしょうが、昔はもっと少なかった。
なんといっても、肉屋も「捨てるところ」ですから。
強烈に臭い腎臓を流水で丁寧に下処理してから調理すると、内臓料理の中でも特級の一皿ができあがります。
お嬢さん育ちが、肉屋の店主にぺこぺこと頭をさげてタダでゆずってもらい、「奥さん、そんなもの、よく食べるねぇ・・・」といわれながらも、しめしめと調理する姿は、我が母親の性格をよくよくあらわしているように思います。
長じてから、脇屋シェフの「トゥーラン・ドット」で、上品に調理された「マメの炒め物」をいただいたときには、子供の頃を思い出し、胸が熱くなりました。
「値段が高い・安い」という客観と、「おいしい・おいしくない」という主観が第一義的には「全く関係ない」ということを、母親の家庭料理の中で教わったように思います。
専業主婦が、子供の成人をきっかけに仕事を始めるのには、それはそれは大変な苦労があったと思います。
夜中まで勉強している姿をよく見かけました。
いい年をして、今でも母親とは怒鳴り合いの喧嘩をしますが、母親の口癖は、
「だってアタシは『こういう風に生まれてきたんだから』しょうがない!」。
There ain’t no other way
Baby I was born this way
I’m on the right track baby
I was born this way
一緒に暮らしていると腹の立つことばかりですが、ひいき目なしに見ても、なかなかによくやっている母親なのではないかと思います。
どこのどなたか存じませんが、母親の熱心な仕事ぶりを陰で評価してくだった方々に、心から感謝いたします。
by ruby0806
| 2013-04-28 21:37